京橋・宝町法律事務所

亡くなった方の相続登記を放置するとどうなるの?

突然舞い込んだ訴状

今から10年くらい前のことですが、弁護士になりたてのころ、私の父親の元に、ある裁判所から訴状が届きました。その訴状には、ある土地(本件土地)について「所有権移転登記手続」をせよと書かれていました。本件土地は、昔、私の曾祖父がその一部を所有(これを共有といいます)していたところ、ある市町村に売却され、その上に公営の団地が建設されたようです。しかし、本件土地の登記簿上の名義は、曾祖父の共有のままとなっていました。本来であれば、本件土地が市町村に売却された時点で所有権移転登記がなされ、名義が曾祖父を含む共有者からその市町村に変わるべきところ、そのまま放置されていたわけです。買主である市町村は、本件土地を再利用するにあたり、前提として本件土地の所有権移転登記手続をしなければならず、その手段として、訴訟により、本件土地の所有権移転登記手続を行うことを選択し、私の親の元に訴状が届いたという次第です。

売買によって不動産の所有者が変わった場合の登記

不動産の売買がなされた場合、通常は、所有権の移転登記がなされますが、その登記は、売主が知らぬ間に勝手に所有権移転登記手続がなされないようにするため、売主と買主とが共同して申請する必要があります(一般的には、買主にて、売主から委任状をいただき、買主が申請する例も多いです。)。

しかし、何らかの事情によって売主が所有権移転登記手続に応じない場合には、買主は、訴訟を起こして、売主に対し、所有権移転登記手続に協力することを求めることができます。この訴訟は、意思表示(登記官に対する登記申請という公法上の意思表示)を求める請求であり、その訴訟の勝訴判決確定時に、被告である売主が、所有権移転登記申請手続をしたと擬制され、原告である買主が、その判決を添えて、単独で、法務局に所有権移転登記の申請ができるようになります。

私の父に届いた訴状のケースでは、登記簿上の名義人である本件土地の共有者は、大半がすでに死亡しており、その相続人が300名近く存在していました。買主(市町村等)の代理人弁護士は、この300名近くの相続人それぞれに文書を送り、所有権移転登記手続の委任状を取り付けることで、所有権移転登記手続を行おうと考えていたようですが、結局、全員から委任状を入手することはできなかったようです。その結果、訴訟によることを選択したものと考えられます。この訴訟は、相手(被告)となる者が300名近くいるので、訴訟を提起する準備の段階から時間や費用がかなりかかったと思われます。なぜなら、このような訴訟を起こすためには、訴えを起こす原告側にて、共有者全員の相続人の特定からはじまって現住所の確認も行う必要があり、そのためには戸籍や住民票等をすべて取り寄せて調べることが必要であるからです。

放置される登記

民法第177条は「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところにその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。」と規定しています。にもかかわらず、本件土地の登記名義が私の曾祖父等のまま長期間放置されていた原因は、何でしょうか。

本来の不動産売買ですと、売主には売却後の不動産の固定資産税等の支払、その他の負担を免れたい、買主には自らの所有権を第三者に主張できるようにしたい、という意味で、双方に所有権移転登記手続をする動機付けがあり、売買後、間を置かずに所有権移転登記手続がなされます(不動産売買の代金決済の際は、登記に必要な書類の授受等も同時に行うのが通例です。)。しかし、曾祖父の例では、このような事情がそもそもなかったため、所有権移転登記手続がなされることがなかったものと推測されます。まず、固定資産税は、不動産の存在する市町村が課税してくる地方税ですが、納税義務を負うのは、市町村が作っている固定資産課税台帳に記載されている者であり、もともとは、その台帳に私の曾祖父ら共有者の名前がずらりと記載されていたはずです。ただ、この固定資産課税台帳は市町村が備えなければならないところ(地方税法第380条第1項)、本件土地の買主となったのは、ほかならぬ当該市町村であり、登記名義に関係なく、台帳の記載内容を変更したとすれば、固定資産税の納税義務自体はなくなります。そうすると、登記名義が私の曾祖父らの名義のままであっても、私の曾祖父らに不利益は生じません。また、本件土地の買主である市町村は、本件土地上に公営の団地を建設したことから、本件土地の所有権を第三者に主張するとかしないとかの問題は生じにくくなっていましたし、仮に、本件土地の共有者であった私の曾祖父らが、登記名義が残っていることを幸いに、本件土地をさらに他の者に売却(これを二重譲渡といいます)する危険があるといっても、そのような売却自体、共有者全員の同意が必要ですから(民法第251条)、結局、二重譲渡の危険もほとんどありません。ということで、結局、売主側にも買主側にも、わざわざ費用をかけて、所有権移転登記をする動機付けに欠けていたため、登記名義が変更されることなく、そのままになってしまったのかも知れません。そして、いつしか、時の経過とともに忘れ去られてしまったようです。

このようなケースは、かなり特殊なものかもしれませんが、本件と同様の問題は、亡くなった方の不動産について、相続登記がなされず放置された場合にも生じる可能性があります。亡くなった方名義の不動産に相続人が住んでいる場合には、その不動産を第三者に処分することはないと思いますので、そのままにしても不都合はありません。さらに、固定資産税は、登記からではなく戸籍により市町村が相続人を探し、その相続人に対して課されることになります。加えて、相続人がその不動産の所有権移転登記手続をする場合、登記申請には、費用がかかります。相続人間に争いがある場合や相続した不動産を売却する等の理由がある場合など、一定の理由がなければ、相続人が積極的に登記名義を変更することはないように思われます。

このように法律(民法第177条等)の存在にもかかわらず、実体に即した登記がなされない場合は、少なくないように思います。昨今、全国的に社会問題となっている所有者不明の不動産に関する問題も、長期間にわたり所有権移転登記がなされなかったことが大きな原因であると考えられ、その背景に前述のような事情が存在するものと思われます。このような実体に即していない登記をなくすためには、新たな法律等を制定するしかないと思いますが、なかなか難しい問題です。例えば、法人の場合、登記事項(会社法第914条等)に変更が生じたときは、2週間以内に変更の登記をしなければならないとされ(会社法第915条第1項等)、代表取締役等がこの登記を怠ったときは100万円以下の過料に処せられますが(会社法第976条第1号)、不動産登記についても、この例にならうというのも考えられなくはありません。しかし、そう簡単に導入できるものではないでしょう。

長年にわたって不動産をお持ちの方は、一度登記簿を取ってみて、名義が現在どうなっているのか確認してみることをお勧めします。私の父に届いた訴状のようなケースはなかなか起きないと思いますが、何か疑問等がある場合には、当事務所までご相談ください。

(文責:栗原  大