京橋・宝町法律事務所

私を通りすぎた基本書たち①

先年亡くなられた佐々淳行氏に「私を通りすぎたスパイたち」という好著がありますが、今回は、僭越ながら、このタイトルにあやかり、私(=梅本)が司法試験受験中によく読んだ基本書(=法律の教科書)をご紹介したいと思います。

私は、平成15年に司法試験に合格しましたから、早いもので合格してからもう16年が経ちます。ということは、以下に掲げる基本書は、もう20年近く前に使用していた書籍たちですから、古いものであったり、絶版になっていたりするものもあります。

当時は、現在のロースクール(法科大学院)創設前の旧司法試験が実施されていた時代であり、端的に言ってしまえば、いわゆる司法試験予備校が隆盛を極めていた時期でした。合格者の中には、基本書などには目もくれず、予備校のテキストのみで合格した方もたくさんいました。もっとも、私は、予備校のテキストも一通りは持っていましたが、それにも増して、基本書、すなわち、法律学者がものした分厚い本を色々と読んでおりました。おそらく、合格までに時間を要した原因は、その点にあったのかもしれませんが、今、弁護士として実務に就いてから振り返ると、この基本書という回り道、つまり、私をたくさんの基本書たちが通りすぎたことは、決して損ではなかったと思っています。

まずは、司法試験における基本三科目、すなわち、憲法、民法、刑法についてご紹介します。

憲法

当時の定番基本書は、

  • 芦部信喜「憲法」(岩波書店 初版1993年)

であり、ほかに、佐藤幸治「憲法」(青林書院 初版1981年)、野中=中村ほか「憲法Ⅰ・Ⅱ」(有斐閣 初版1992年)などがありました。

いずれにせよ、司法試験に合格したいのであれば、いわゆる「東大憲法学」を頭にたたき込まなければなりません(信じる必要はありませんが)。その点で、私の受験時代にも佐藤の憲法は少々古くなりつつあり(といっても、佐藤憲法が純然たる京大学派とは評価できませんが)、芦部の憲法が定番中の定番でした。

もっとも、芦部の憲法は、そのまま司法試験の論証に転用できるほどに簡潔明快ではありましたが、行間を読む必要があり、これを埋めるものとして使用していたのが、

  • 戸波江二「憲法」 (地方公務員の法律全集1)(ぎょうせい 初版1992年)

でした。この本は、好著でありましたが、現在は絶版となっているようです。

ということで、受験時代の憲法の基本書を掲げましたが、実は、実務に就いてからは憲法に触れることはほぼありません(少なくとも私は)。ですから、最近の憲法の基本書も、全くフォローしていません。「三段階審査」とか言われても、私には全く分かりません。

民法

民法を制する者は、司法試験を制する。と当時も言っておりましたが、今もそうでしょうか?

ただ、今でこそ、民法総則から債権各論のすべてを網羅する単著の「有力な」基本書は多く存在しますが、当時はこれが乏しく、単著のそれとなると、何と、我妻栄「民法講義」(岩波書店 初版1932年~)にまで遡る、という時代でした(もちろん、鈴木禄彌「民法総則講義」以下、星野英一「民法概論」、松坂佐一「民法提要」などはありましたが、司法試験受験生間ではメジャーではありませんでした)。

ということで、予備校のテキストや「択一式受験六法 民法編」(自由国民社 下森定監修)で間に合わせるという人も多かったです。

そんな中、内田貴「民法Ⅰ~Ⅳ」(東京大学出版会 初版1994年~)が発刊されたとき、基本書主義の受験生はこれに殺到したものです。もっとも、我妻民法以来の通説では書かれておらず、2色刷の美しいレイアウト、説例の多用といった”口当たりの良さ”の割には、読み進めるのには苦労しました(私もその口です。なお、この度、「民法Ⅲ」の改訂版(第4版)が出版されました。民法改正を勉強するには好適であり、受験生時代を思い出しつつ、改めて読んでおります。)。

結局、私の場合は、以下の基本書を読みつつ、足らざる部分は、予備校の本などで埋めるという形になり、合格をしてしまいました。物権法、債権各論は、これ!という本には出逢えませんでした(山本敬三「民法講義IV-1 契約」(有斐閣 2005年)は、もっと早く出逢いたかった本です)。

民法総則

  • 四宮和夫「民法総則 第4版」(弘文堂 1986年)

この本は、私が大学に入学し、はじめて民法総則の授業を受けたときに買った本です。といっても、大学生の頃は、はっきり言って何を書いてあるのかまるで分かりませんでした。この本の良さが分かったのは、ずっと後のことです。

担保物権法

  • 高木多喜男「担保物権法」(有斐閣 初版1984年)

最新判例まで上手く整理された好著です。

債権総論

  • 奥田昌道「債権総論 増補版」(悠々社 1992年)

大著ですが、各論点が通説に則って整理され、理解を深めることのできる本です。特に、種類債権の特定、弁済の提供あたりの箇所は、何度も読みました(もっとも、これは、今般の債権法改正により、大きく変わってしまう点なのですが・・)。また、契約関係にある当事者間の付随義務、保護義務、安全配慮義務等の箇所は、今でも時折参照します。

刑法

刑法は、危ないです。学説が、錯綜するにもほどがあるというほどに錯綜しておりますから、基本書に手を出すと、その著者の論理の美しさに惚れ、さらに、この先生の本もあの先生の本も・・となりがちです。私もそんな時期がありましたが(大塚仁「刑法概説」、大谷實「刑法講義総論(各論)」、前田雅英「刑法総論(各論)講義」はいうに及ばず、平野龍一「刑法総論I・II」、山口厚「問題探究 刑法総論(各論)」、斎藤信治「刑法総論(各論)」など多数読みました・・)、結局、司法試験にそんな学説知識は不要と気づき、最終的に読んでいたのは以下の書籍たちです。

  • 裁判所職員総合研修所(当時は裁判所書記官研修所)監修「刑法総論講義案」(司法協会)
  • 西田典之「刑法各論」(弘文堂)

もっとも、実は、刑法も、実務に就いてからは触れる機会が減ってしまった法律です。刑事事件をあまりしないという私の業務内容もその原因ですが、刑事事件を担当することになっても、刑法よりは刑事訴訟法に触れる機会が多いのです。ただ、刑法学は基本的に好きですので、書店に行った際には、時折、刑法の最近の基本書を立ち読みし、因果関係等、最近の議論を楽しんでおります。

(文責:梅本 寛人