クレジット契約の「名義貸し」
最高裁平成29年2月21日判決
最高裁判所は,平成29年2月21日,いわゆる「名義貸し」で組んだクレジット契約について,顧客側が一定の場合に支払う必要がない(責任を負わない)とする判断を示しました(最高裁平成27年(受)第659号同29年2月21日第三小法廷判決・民集71巻2号99頁)。本コラムでは,「名義貸し」とクレジット契約,この最高裁判決の影響等について,お書きしたいと思います。
問題となったケース
かいつまんで言いますと,以下のようなケースでした。
- 信販会社(X)の加盟店である業者A(呉服や貴金属の卸売等を業とする)から,顧客ら(Y。複数います)は,信販会社とのクレジット契約(立替払契約)を結ぶに当たり名前を貸して欲しいと頼まれた。その際,理由として「ローンを組めない高齢者の人助けのための契約締結で,高齢者との売買契約や商品の引渡しは実在する」と告げられた上で「支払については責任をもってうちが支払うから絶対に迷惑は掛けない。」などと説明を受けた。
- しかし,Aの説明はうそで,上記契約は,実際は,資金繰りに窮していたAが信販会社から運転資金を得る目的のためのもの(信販会社からお金を”引っ張る”ためのもの)であった。
- YはAの説明を信じ,名義貸しを承諾した。その後,YにはAから送金があったが,結局,Aは後に破産し,送金はストップした。
- そこで,Yは,割賦販売法35条の3の13第1項に基づき上記クレジット契約を取り消し,X(信販会社)への支払を行わなかったところ,Xは,未払のクレジット代金の支払を求めYを提訴した。
- Yは,提訴後,既払のクレジット代金についてもXは返金せよとして既払代金返還の反訴を提起した。
というものです。
最高裁の前の高裁段階(札幌高裁平成26年12月18日判決)では,Yがクレジット契約を締結した主たる動機は,Xがクレジット代金の支払を補填すると約束した点にあり,この点は虚偽ではないから(一定期間AからYへの送金は続いています),割賦販売法35条の3の13第1項にいう「不実の告知」(=嘘の説明)はなく,又,「ローンを組めない高齢者の人助けのための契約で・・」といった事情は,同条の「購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」に当たらない,として,Yのクレジット契約取消しの主張は認められず,Xの主張が全面的に認められ,又,Yの反訴は退けられました。
最高裁の判断(要旨)
「個別信用購入あっせん(注・本件のようなクレジット契約のことです)において,購入者が名義上の購入者となることを承諾してあっせん業者(注・本件では信販会社のことです)との間で立替払契約を締結した場合に,それが販売業者の依頼に基づくものであり,上記販売業者が,上記依頼の際,名義上の購入者となる者を必要とする高齢者等がいること,上記高齢者等との間の売買契約及び商品の引渡しがあること並びに上記高齢者等による支払がされない事態が生じた場合であっても上記販売業者において確実に上記購入者の上記あっせん業者に対する支払金相当額を支払う意思及び能力があることを上記購入者に対して告知したなど判示の事情の下においては,上記の告知の内容は,割賦販売法35条の3の13第1項6号にいう「購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」に当たる。」とし,原判決(前記の札幌高裁判決)を破棄して,さらに審理を行うため,本件を原審に差し戻しました。
最高裁判決の影響
このような「名義貸し」でのクレジット契約,要するに,信販会社を利用した”資金調達”は,以前から見られる事例でしたが,割賦販売法の改正前は,いわゆる「抗弁権の接続」の可否という枠組みで論じられていました。「抗弁権の接続」とは,クレジット契約をした者(購入者)を保護するため,法的にはあくまで別個である商品の売買契約とクレジット契約について,売買契約において生じた販売業者に対する支払拒絶事由(錯誤や詐欺など)を信販会社(クレジット会社)にも主張し支払を拒むことができる,という制度です。ただ,「抗弁権の接続」においては,あくまで未払金の「支払拒絶」が出来るに止まり,既に支払ったクレジット代金の返還までは求めることはできないとされていました。そこで,購入者保護を徹底するため,割賦販売法が改正され,販売業者の「不実の告知」(真実と反する事実の告知)があった場合には,信販会社が知っていたかどうかを問わず,クレジット契約を取り消すことができることとされました(割賦販売法35条の3の13第1項。大変革新的な改正といえます)。ということで,本件でのYは,この割賦販売法35条の3の第1項の取消権を行使し,未払金の支払拒絶と既払金の返還を求めたのです。
そして,本件での主要な争点は,Yらのこの取消権行使が認められるのか否か,であり,本件の事実関係の評価により,原審(札幌高裁)と最高裁とで結論が異なったものと思われます。
以前は,「名義貸し」事案においては,購入者側も事情を知っている場合であり(「事情を知っている」というのは,商品を実際に購入者が買うという意味での本来のクレジット契約ではなく,名前だけを貸して商品は実際には手にしないという「事情」を知っているという意味です。販売業者が資金繰りのためクレジット契約を利用するという「事情」ではありません),この場合は「抗弁権の接続」は認められず,信販会社からの請求は拒めない,という感覚が実務では支配的であったと思います(もっとも,名義を貸した者が販売業者に騙されている場合もあり,そのような場合は「信義則」による調整はあり得ました。)。しかし,今回,最高裁は,改正された上記割賦販売法の趣旨につき判断し,又,本件に現れた事実関係の下において,名義を貸しただけの「購入者」側の取消しが認められる余地があるとした訳ですから,この意味では画期的な判決と言えます。ただし,今回の最高裁判決では,山﨑敏充裁判官の反対意見が付されており「もともと立替払契約を結べない者のために名義を貸すのは,あっせん業者との関係で明らかに不正な行為であって,いかに名義貸人が法律知識に乏しく,また,高齢者等の人助けのためとして販売業者から懇請されたとしても,それが不正な行為であることは常識的に理解できたはずである。」としています。私は個人的にはこの反対意見が従来の実務の感覚に沿うまさしく「常識的」な判断であると思っておりますがいかがでしょうか。私自身は,以前勤務していた事務所において,この種の「名義貸し」事案に関して何度か経験し,悪質な販売業者(クレジット会社加盟店)に対する責任追及を行ったこともありますが,基本的に「名義貸し」は,それ自身不正の温床であるとの感覚を有しております。
いずれにしましても,一般的に「名義貸し」には様々なケースがあり,今回の最高裁判決が「名義貸し」一般について,「名義貸し」であっても購入者側に割賦販売法による取消権行使を認めたものとは到底理解されません。ただ,最高裁として,割賦販売法の取消権の趣旨を初めて判断したものであり,同様の取消権が認められている特定商取引法の解釈には影響があるものと推測されます。また,立法はありませんが,似たような契約構造にあるリース契約における「名義貸し」や空リース契約にも影響があるのか,今後の動向が注目されます。
(文責:梅本 寛人)