京橋・宝町法律事務所

財産開示手続の実施決定に対する執行抗告に関する最高裁判例

タイトルからして難しい言葉のオンパレードかと思いますが、最高裁判決の話に入る前に、一つ一つ言葉の意味を説明したいと思います。

財産開示手続とは何か?

「財産開示手続」というのは、「権利実現の実効性を確保する見地から、債権者が債務者の財産に関する情報を取得するための手続であり、債務者(開示義務者)が財産開示期日に裁判所に出頭し、債務者の財産状況を陳述する手続」です(裁判所のサイトから引用)。

この説明でもよく分からないという方のために具体例を用いて説明します。

(例)Aさんは、Bさんに、1000万円を貸し付けた。ところが、Bさんは、約束の期限が来ても返済をしない。そこで、Aさんは裁判をし、結果、Aさんの全面勝訴で終わった。しかし、それでも、Bさんは返済をしない。

以上の場合、Aさんは、勝訴判決に基づいて、新たに裁判所に申立てをしてBさんの財産を差し押さえ、そこから1000万円の回収を図ることができます。この差し押さえをして財産を回収する手続のことを「強制執行」といい、勝訴判決のことを「債務名義」、強制執行手続を担当する裁判所のことを「執行裁判所」、Aさんを「債権者」、Bさんを「債務者」、などといいます。

以上の例で、Bさんが1000万円相当の財産(不動産、銀行預金、有価証券、高価な物(動産)などなど)を保有していることをAさんが予め分かっていれば、直ちに、その財産を対象とした強制執行を執行裁判所(動産の場合は執行官)に申し立て、粛々と手続を進めていけば良いです。しかし、AさんがBさんの財産状況を把握していないとき、Aさんはどうすれば良いのでしょうか?

このような場合に利用すべき手続の一つが、冒頭に述べました「財産開示手続」です。Aさんが、Bさんの財産に関する情報を取得するための手続であり、日を決めてBさんを裁判所に出頭させ、裁判官の前で、Bさんから、その財産状況を聞いてみよう!というのが「財産開示手続」です。

もっとも、この「財産開示手続」は以前から法律で定められていましたが、これまで、あまり利用されていませんでした。というのは、債務者が財産開示手続の期日に裁判所に出頭しないという例が多くあり、その場合でも、債務者には30万円以下の過料の制裁が課されるのみだったからです。

そこで、財産開示手続をもっと利用してもらおうということで、法律(民事執行法)が改正され(令和2年4月1日から施行)、不出頭等の場合の罰則の強化(「過料」から「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」へ)、申立てが出来る人の範囲の拡大(これまでは、債務名義として、例えば公正証書で養育費を定めていた場合、財産開示手続の申立てをすることができませんでしたが、この場合でも財産開示手続が利用できるようになりました。)など、制度の充実が図られました。私も、昨年、初めて財産開示手続の申立てを経験しました。

財産開示手続の申立てがなされた場合、裁判所は、①強制執行または担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より6月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかったとき、②知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があったとき、のいずれかに該当するときは、財産開示手続の実施決定をすることとなります(民事執行法197条1項)。

他方で、裁判所が、財産開示手続の実施決定をした場合、これに不服のある債務者は、「執行抗告」をすることができます(民事執行法197条5項)。「執行抗告」というのは、要するに、債務者が、実施決定を承服できないとして、実施決定をした裁判所の上級の裁判所(実施決定をしたのが地方裁判所ならば高等裁判所)に再度判断をして欲しいと求めるものです。

最高裁令和4年10月6日判決

ということで、ようやく、最近出された最高裁判決のご紹介です。

事案の概要

この判決の事案は次のようなものでした。

XさんとYさんは、平成28年12月、公正証書により、Yさんが子の養育費を支払うこと等について合意し、離婚した。Xさんは、令和3年6月、上記公正証書に表示された子の養育費に係る金銭債権を請求債権として、財産開示手続の申立てをした。裁判所(原々審)は、令和3年7月、申立ては理由があるとして、財産開示手続の実施決定(原々決定)をした。その後、Yさんは、原々決定に対し執行抗告をした上で、Xさんに対し、請求債権のうち確定期限が到来しているものについて弁済をした。

最高裁の判断(要旨)

法には、実体上の事由に基づいて強制執行の不許を求めるための手続として、請求異議の訴えが設けられているところ、請求債権の存否は請求異議の訴えによって判断されるべきものであって、執行裁判所が強制執行の手続においてその存否を考慮することは予定されておらず、このことは、強制執行の準備として行われる財産開示手続においても異ならないというべきである。そのため、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者から法197条1項2号に該当する事由があるとして財産開示手続の実施を求める申立てがあった場合には、執行裁判所は、請求債権の存否について考慮することなく、これが存するものとして当該事由の有無を判断すべきである。そして、債務者は、請求異議の訴え又は請求異議の訴えに係る執行停止の裁判の手続において請求債権の不存在又は消滅を主張し、法39条1項1号、7号等に掲げる文書を執行裁判所に提出することにより、財産開示手続の停止又は取消しを求めることができるのであり(法203条において準用する法39条1項及び40条1項)、法203条が法35条を準用していないことは、上記事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において、債務者が請求債権の不存在又は消滅を主張することができる根拠となるものではない。したがって、法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできないと解するのが相当である。

判決のポイント

Yさん(債務者)は、何をしたのかと言うと、Xさんが財産開示手続を申し立て(なお、前記のとおり、今般の民事執行法改正により、債務名義が公正証書であっても財産開示手続の申立てが可能となっています)、裁判所が実施決定をした後に、「執行抗告」を申し立て、その後、遅まきながら支払期限が到来済みの未納の養育費をすべてXさんに払ったのです。

これを受け、原審(東京高等裁判所)は、「未納の養育費を払ったのなら、もう財産開示手続をする意味ないよね」ということで、原々審の実施決定を取り消しました。そこで、今度は、Xさん側が、さらに最高裁の判断を仰ぎ(許可抗告)、最高裁は、原審の決定を破棄しました。

最高裁が、原審の決定を破棄した理由は、一言で言えば、「未納の養育費を払ったという事実を執行抗告の手続中で考慮するな。そのような場合は請求異議の訴え等の別の制度があるのだから、Yさんはそれを使って保護を受ければ良い。」ということです。いささか形式的な議論のようにも思われますが、条文の解釈としては極めて正当ではないかと思われます。「原々審がした財産開示手続の実施決定は、未納の養育費が支払われた今となっては、やる意味が無い」という結論は、皆に見えているのですが、本件で「財産開示手続の実施決定を取り消す」という結論にたどり着くためには、「執行抗告」ではなく「請求異議の訴え」等が必要だったということです。高裁も間違えるくらいなのでなかなか微妙なところではありますが、依頼者のニーズに合った適切な手続を選択するということが極めて重要であるという点を改めて気づかせてくれた判決といえるでしょう。

(文責:梅本 寛人

03-6272-6918